辛い時にはいつも本があった

辛い時にはいつも本があった

辛い時、苦しい時、悲しい時に書店に行くといつもその時の気持ちにぴったりの本との出会いがありました。

【おすすめ本95】『泣き虫先生』ねじめ正一 

『泣き虫先生』 ねじめ正一

2022年4月 株式会社 新日本出版社 発行

 

久々に読んだねじめ正一さんの小説。

 

ねじめ正一さんの小説は、

高円寺純情商店街』シリーズが好きでよく読んでいた。

高円寺純情商店街』が出版されたのは80年代なのだなぁ。

 

昭和の商店街の雰囲気が感じられて、

読んだあとの心が暖かくなる感じが良かった。

 

今は、どこの地方都市に行っても国道沿いは同じチェーン店が並ぶ風景になってしまったので、『高円寺純情商店街』のような個人の商店も少なくなってしまった。

 

この本も同じように、東京の(都心から離れた西郊の街)商店街が舞台。

なかなか面白く読めたのでご紹介します。

 



この本をおすすめしたい人

 

作者紹介

ねじめ正一(ねじめ・しょういち)

 1948年杉並区生まれ。

詩人・小説家。

詩集『ふ』(櫓人出版会、1980年)でH氏賞、『高円寺純情商店街』(新潮社1989年)で直木賞、『荒野の恋』(文藝春秋、2007年)で中央公論文芸賞、『ひゃくえんだま』(鈴木出版、1991年)でけんぷち絵本の里大賞びばからす賞、『まいごのことり』(佼成出版社、2004年)でひろすけ童話賞を受賞。

 近著には『長島少年』(文藝春秋、2012年)、『認知症の母にキッスされ』(中央公論社、2014年)、『ナックルな三人』(文藝春秋、2017年)『落合博満論』(集英社新書、2021年)など多数。

 

『泣き虫先生』より引用

 

 

この本のおすすめポイント

  • ねじめ正一氏は詩人なので文のリズム感がよくスラスラ読める
  • 昭和30年代の日本の雰囲気を楽しめながら読める
  • 人と人とのつながりが書かれている
  • 少年の葛藤と挫折感が描かれているので共感を感じる
  • 昭和の高度経済成長期の高揚感を感じることができる

 

 

心に残った点・役に立った点

 

銭湯の光景

この本に出てくる”英次”の実家は「鶴の湯」という銭湯。

 

主人公の卓也の家にも風呂はあるが、

花屋は水を沢山使うし、冬は体が冷え切る。

だから父と息子はこの「鶴の湯」にときどき通っている。

 

これを読んでいる方は銭湯には行ったことがあるだろうか。

スーパー銭湯ではなく、街にある壁には富士山が描かれているような銭湯。

 

この本を読み、子供の頃、祖父母の家に泊まりに行くと銭湯に行ったことが懐かしく思い出された。

 

番台にはそこの娘さんが座っていたりして(今思うとキレイな人だった)。

風呂から上がると、コーヒー牛乳やマミーを買ってもらって飲んでいた。

マミーだって!懐かしい。

 

シャンプーやリンスなども売っていてエメロンとかそういうのみたいな。

 

銭湯の息子の英次が家の問題に行き詰って、

銭湯の煙突に登って大騒ぎになるシーンがある。

そういえば、昭和という時代は銭湯の煙突に登ったりという小さな町の事件を聞いたことがあるような気がする。

今より、安全面が色んな意味でのんきで、子供は高いところに登って親を心配させたりするような事がよくあったような。

 

この小説の中には、登場人物たちが書いたという設定で、

詩がいくつか出てくる。

 

その詩が印象的。

 

「宙ぶらりん」

 

ぼくの家は花屋

街の小さな花屋

店番していると

子どもでもない

中学生でもない

おとなでもない

なんでもない

何だかわけのわからない

宙ぶらりんのぼくがいる

 

(以下略)

 

『泣き虫先生』第2章 桜田中学校

 

中学生という年齢、

家が商店街でお店をやっているという事、

家の事情で市立の中学校に行けなかったことなど、

卓也にはいろんな葛藤があるがそれが詩によく表されている。

 

詩はいかにもねじめ正一氏の詩という個性があり、

この詩で登場人物たちの心情をうまく表現している。

 

それが胸に響く。

 

私の実家も商売をしていたからだろうか。

 

ヘルマン・ヘッセ車輪の下

 

この本にはヘルマン・ヘッセを読んだ話が出てくる。

中学生で『車輪の下』かー!と思ったが、

そのあたりの年齢で読むと、大人になってから読むのとは違う、

直接胸に突き刺さるような感慨を覚えるかもしれないなぁと思う。

 

難しい内容などと思わず、10代の頃からどんどん読書していくと

大人になってからでは届かない、胸の奥の柔らかいところで感じていけるかもしれない。

 

この本の中では、『車輪の下』の登場人物を先生が、それぞれに当てはめてみるところがあったが、登場人物と自分を同化させて考えてみるのもなるほど感受性を豊かにする方法のひとつかもしれない。

 

そういえば、学生の頃に付き合った彼氏の本棚に『車輪の下』があったのを見たときに、非常に驚いたのを思い出した。

その人は、とても整った顔をしていてバンドのボーカル兼ギターをしていたので、大学の学祭などでは女の子たちがきゃーきゃーいうような人だったので、そのイメージとあまりにかけ離れていたからだ。

漫画の他には村上龍が好きだったように思う。

江口達也の『東京大学物語』の隣に『車輪の下』が並んでいたのを、今でも思い出して不思議な気持ちになる。

 

この『泣き虫先生』は、

タイトルの『泣き虫先生』の存在感はそれほどでも無いのが不思議だし、

最後の終わり方も不意に終わった感じを受ける。

それでも読み物として面白い。

若い頃の葛藤を思い出す、みずみずしい本。