辛い時にはいつも本があった

辛い時にはいつも本があった

辛い時、苦しい時、悲しい時に書店に行くといつもその時の気持ちにぴったりの本との出会いがありました。

【おすすめ本96】『JJとその時代』女のコは雑誌に何を夢見たのか 鈴木涼美 芥川賞候補

『JJとその時代 女のコは雑誌に何を夢見たのか』

鈴木涼美

2021年 株式会社 光文社 発行

 

鈴木涼美さんは、極から極のような経験をしてきた方だが、

その経歴も含め、聡明さだけではなく見識と文章が好きな方。

 

そして今回、

芥川賞候補になられましたね!

 

その鈴木涼美さんがJJの事(とそれにまつわる社会学)を書いた本、

どっぷりとJJに浸かってきた若い頃を過ごした私はこの本に飛びついた。

 

 

この本をおすすめしたい人

  • JJの読者だった方
  • 鈴木涼美さんの著書や連載、対談などが好きな方
  • ファッション誌を元に女性の価値観や世相を遡って知りたい人
  • 読むファッション誌で女性達がどう生きて何を感じてきたかを振り返りたい人

 

作者紹介

鈴木涼美(すずきすずみ)

1983年東京生まれ、のちに鎌倉に育つ。

清泉小学校、清泉女学院中学校を経て、明治学院高等学校に入学。

放課後は渋谷でギャルとして楽しく遊ぶ毎日を送る。

自宅の近所だったため、大学は慶應義塾環境情報学部に入学。卒業後は東京大学大学院学際情報学府修士課程を修了し、日本経済新聞社に入社。

JJ的な経歴をなぞったり外れたりして現在は作家に。

著書に『「AV女優』の社会学 なぜ彼女たちは饒舌に自らを語るのか』(青土社)、『ニッポンのおじさん』(KADOKAWA)、『すべてを手に入れたってしあわせなわけじゃない』(マガジンハウス)ほか、上野千鶴子氏との共著に『往復書簡 限界から始まる』(幻冬舎)。

 

『JJとその次代』より引用

 

この本のおすすめポイント

  • JJというファッション誌を元に女性と社会の変容を考えることができる
  • それぞれの世代のJJ読者がJJと自分の関わり方人生を紐解ける
  • JJを通して、女性たちの感覚、女性たちがどう変わってきたのかわかりやすい

 

心に残った点・役に立った点

 

綺麗なお姉さんの必読書?

「私なんて全然ちゃんとしてなくて、真似しちゃダメなんですよ。大学生のとき、ホントにJJしか読んでなかったんで」

そう言ったのは、付属の女子校から慶応の文学部を出て、大手出版社に勤める20代の編集者だった。グッチのバッグを持ってそのハンドルにいかにもエルメスって柄のスカーフを結んで、アンナ・モリナーリのワンピはそんなに私の好みじゃなかったけど、お財布はシャネル、髪は背中に垂らしたロング、耳にはパールのピアスをつけていた。

(中略)

 慶女の編集者が来ていたのはそんな我家のホームパーティーで、その日はその綺麗で若くて優秀と評判の女性が、普段は私にも集まるおじさんたちの人気を独占していた。母は、「ほら、どうしたらこういうちゃんとした綺麗なおねえさんになれるか教えてもらったらいいわ」と彼女の前に渡しを突き出したが、そんな場面で彼女から返ってきた答えは母としてはやや期待とずれた、しかし私を妙に納得させるものだった。

 

『JJとその時代』序章 甘くて残酷な女性ファッション誌の夢 より引用

 

この感じ、なんだかとても分かるような気がして、

序章を読み始めてすぐ引き込まれた。

 

私がその場にいたら、良い家庭に生まれ、付属から慶応→大手出版社という銀の匙を咥えて生まれたような女性が「JJしか読んでこなかったんで真似しちゃダメ」と言ってのける感覚自体に羨望を覚えたはずだ。

 

私の人生で一番長く読んでいたのはJJ。

それは高校生から20代後半まで続いた(その後はCLASSY.)

 

高校の時、なぜあまたある雑誌の中からJJを選んだのか。

 

JJの中に載っている他の雑誌よりも大人っぽい、

「きれいなお姉さん」のイメージに強烈に惹かれたからだったような気がする。

 

高校の頃は地方の高校の進学クラスだったので、

JJに載っているようなバックボーンの女の子はおらず、

「世の中にはこんな人達もいるんだなぁー」と憧れた。

 

だが、女子大に進学したらJJに出てくるような女子大生がたくさんいたのだ。

 

入学後の身体測定(だったかな?)の時に、

体育館に新入生のヴィトンのバッグがずらーっと並んでいたのを見た時、

「この人達、高校生の頃からヴィトンを持っていたんだ。」と驚いた。

 

外車に乗って通学してくる同級生達。

私達のような外部から入ってきた人たちとは全く違う(見た目も)

 

1年の頃は、外部の進学校から入ってきたどこかやぼったい女子大生も、

2年の頃になるとだんだん垢抜けていつの間にか馴染んでくる。

 

だが、いくら見た目的には馴染んでもバックボーンが違うギャップはその後も埋まらなかったように思う(それは就職の時などに如実にわからされる)

 

JJに載っているような女子大生達は、

私達のような女子大生よりもとても恵まれていて、

ブランドのロゴが入った服を着て学校に来て、

いつもグループで行動していた。

 

みんな彼氏も当然のようにいて楽しそうだったけど、

いつもどことなく退屈そうで、

なにかに飽きているような感じがとても不思議だった。

 

彼女たちきれいなお姉さんは、

JJ→CLASSY.→VERYというJJが体現していた王道の人生を歩んだのだろうか。

 

私は、公園デビューにふさわしい服(そんなの好きな服を着ればいいでしょうと思う)というような特集に強烈な違和感を感じ、とうとうVERYは読まずじまい。

 

しかし、この本を読みすすめると、

JJの根底にあるコンセプトは実にVERYにつながっているのだということがわかる。

それがなかなかの衝撃だった。

 

JJ女子大生という選択

 アンノンの読者層とたびたび比較されてきたのは、数年遅れで創刊されたJJを読んでいるような女子大生たちである。小倉千加子はその選択を「大学生のときになんの雑誌を読んでいるかで、その人の十年後の生き方はある程度想像がつく」とまで言った。「アヴァンギャルドなファッション」と「コンサバティブなお嬢様ファッション」「社長か社長婦人か」、「前衛的でありたい、人より先んじていたい」と「『お嬢さん』が着る『普通の』『コンサバティブ』なファッション」、「女性偏差値軽視派」などなど、ファッションの選び方が生き方の選択を代表し、その選び方の大枠を主要な女性ファッション誌が担っていたと考えられた。

 

『JJとその時代』第2章 女性誌は生き方を規定する より引用

 

自分はJJのファッションは好きだったし憧れだったが、

実際に好んで着た服はコンサバティブでは全く無かったし

(それに学生の頃はブランド物など買えなかった)、

結婚願望も全く無かったから、JJ女子大生という生き方とは無縁だと思っていた。

 

だが、振り返ってみると20代前半で結婚し、

それは実家が会社を経営する裕福な家庭で、

本人はカナダ留学から返ってきたばかりの男性。

 

あの時はなんとも思っていなかったが、

私も結局、JJが提示するような人生を歩んだ事(私の場合それは途中で破綻するのだが)に今回始めて気がついてとても驚いた。

 

結局、あれだけJJが好きで読んでいたが、

私の選んだその後の人生はちっともJJ的では無かったんだなぁと。

 

今思えば、VERY妻になるような同級生たちは、

女子大生の頃から男性の選び方をしっかり考えていたのがわかる。

 

VERY妻の誕生

素敵な女性になって、素敵な男性に選ばれ、素敵な結婚をする。しかし、結婚した後の彼女たちの人生は結婚前よりも長く続くわけで、それが「オレンジページ」や「すてきな奥さん」を読みながら家事と子育てに追われる日々であってはならない。それではJJ路線を邁進した甲斐がない。

(中略)

そして、結婚をした後も、しみったれずに女性として現役で、男性受けもよく、生き生きとした女性の代表格として例えば三浦りさ子を表紙に据えた。つまり読者層はJJをきちんと読みこなして正解を出した女性たちをターゲットにしている。年齢的にはそれまで料理情報誌が与えられてきた女性たちを、ファッションを楽しむ消費主体として改めて発見したことと、JJの物語の続きを提示したことに強みと画期性がある。『JJとその時代』第2章 女性誌は生き方を規定する より引用

 

独身の頃に美味しそうな料理の特集があるときは「オレンジページ」を購入していたが、言わんとすることはわかる。

 

おそらくVERY妻になるような女性は「オレンジページ」の読者ページを読むと違和感を感じるのだろうなと思う。

 

”しみったれずに女性として現役で”

これはとても難しい事だと、殆どの女性はわかっていると思う。

だがVERYを読むと「もしかして、可能かも」と思わせてくれ、

それが年々年取ってくる自分に対しての慰めにもなるのかもしれない。

 

この本を読むことによって、

自分の人生をファッション誌遍歴から考えることができた。

 

自分が自分に持っているイメージは案外当てにならないもので、

自分の奥底にある女性としての価値観を探って出てきたものに驚くこともあった。

 

JJを読んだ読まないに関わらず、女性達におすすめの本です。

 

 

 

 

 

第167回芥川賞の候補作